陰湿で暴力的な女子、今では生死もわからず、悪行は必ず自分に返る

陰湿で暴力的な女子、今では生死もわからず、悪行は必ず自分に返る

50代後半の既婚女性です。

夫と娘が二人います。

小学校5年生になったばかりの春、私の席の隣は鮮魚商であった父親の知り合いであった寿司屋の娘さんでした。

幼いころから、私たち家族はよくその寿司屋に食事に行っていました。

しかし、この娘さんとは時折店内で顔を合わすものの会話をしたことがありませんでした。

クラスも初めて一緒になり、なんとなく話をするようになりました。

はじめの頃は、それなりに打ち解けていくような展開がありましたが、次第に彼女は敵対心をみせるようになりました。

原因は、様々な科目のテストです。

無邪気にお互いに点数を見せ合ったりしていたのですが、いつも彼女の点数は私より若干低いのです。

聞けば、市内でも有名な塾に通っているとのことです。

私は家庭学習だけだったので、彼女の母親にその寿司屋に食事に行くたびに勉強法を尋ねられたものです。

しだいに彼女は周囲の女子たちにはたらきかけ、公然と私を無視させるように強制してきました。

私は給食の時間も誰とも一緒に食べることもできず、一人きりです。

給食後のゴミ係も一方的に任されることになりました。

嫌なあだ名をつけられ、名前では呼ばれることはなくなりました。

夏休みの最後の日の夜、私は泣いて親に訴えました。

父親はそれを聞き「二度とあの寿司屋にいくな!!」「市場であっても、もう口もきかないことにする!!」とものすごく立腹していました。

学校に両親も相談におもむきました。

すぐに席替えがされ、彼女の親にも担任から連絡がいったようです。

が、彼女は今度は別の子にターゲットを変え、いじめを続行していきました。

それ以来、もう同じクラスになることはありませんでしたが、中学を経て高校生となり、たまに駅でみかける彼女の様相はそのころ流行った、スケバンそのものでした。

アフロヘアで、引きずるような長いスカートで大勢の舎弟のような女子学生を連れ歩き、周囲を威嚇しながら歩いています。

同じ駅を利用していましたが、私は、彼女に見つからないようにいつも登校していたものです。

それから、数十年経ち、彼女の実家の寿司屋はつぶれ、父親も亡くなったと聞きました。

その寿司屋で修行していた職人の一人は有名な誘拐殺人事件も犯しました。

彼女のお兄さんも良くない組織に入っており、やはり犯罪をおかしてニュースとなっていました。

寿司屋の跡地は別の人間が購入し、駐車場になっていました。

今の彼女のことを知る人は誰もいません。

ずっと独身であったということだけは噂では聞いていました。

生きているのかどうかもさだかではありません。